料理人といってもいろんな働き方がある。
チェーン店のシェフから、たこ焼き屋、居酒屋、寿司職人、ガストロノミーなレストランのオーナシェフまで。
料理人の定義も曖昧だけど、与えられたレシピ通りに作る人は、どちらかというと料理というより作業をしている方に近い。
自分でメニューを考え自分で料理する人の方が料理人としての名に相応しいような気がする。
他にもメディアに露出するような料理人や、料理研究家や権威だけの料理人もいるけれど、オーナーシェフ、つまり自分が願う理想のお店を作り自分の世界観を表現している人が、料理人として最高峰だと思う。
長く飲食の業界に携わってきて、いろんな人を見てきて感じるのは、本当の料理人は1から10まで自分の手でやらないと気がすまない人たち。
極めている人ほど、野菜作りから、、土作りから、狩猟から、を自分でやっている。
こだわりが強いという言葉だけでは語れない、料理への愛情と、自然を尊重する気持ちと、お客様に対しての誠意が深い部分に根ざしているのだと思わずにはいられない。
ぼくはそこまで強い熱意で料理には取り組めていないから、本当の意味では料理人と呼べないと自分で思っている。
心から料理を愛している人たちを尊敬している。
だからといって負けではないし、料理人の基準はものさしで計れないし、失格という烙印を押されるわけでもない。
人間だけに与えられた表現の自由は、もっと幅の広いもので型にはまるものではない。
自分の描く思いや、伝えたいことや、相手に対する誠意や感動を、何かの媒体にのせて発信することが表現だとするなら、料理はその手段に過ぎないのだから。
絵を描くことも、音楽を奏でることも、文章を書くことも、お店を作ることも、誰かに意見を主張することも全部自分を表現するための手段のうちひとつなのだ。
その手段を通じて相手をハッピーにさせる。
もっと本質的には相手の気持ちにいい変化をもたらす。
その行為その営みの中に歓びを見出すことが生の実感に結びつくのではないだろうか。


