本当の幸せってなんだろう

幸せという言葉は人間ならだれしもが追い求める最大にして最高の願望であり目的であり欲求だと思う。

そのために生きているといっても過言ではない。

そして幸せにはゴールがないので、ひとつクリアすればまた次が欲しくなるように、際限のない欲望の一種なのかもしれない。

ある一定の閾値までいけば今でじゅうぶんだと満たされていてもいいはずなのに。

他にもお金、名声、権力、成長、性欲など、人間は本当に欲深い生きもの。

しかし、その本質的な人間の欲深さを利用するように、今の資本主義という社会システムがうまく機能している。

ある意味で商品化している「幸せ」を得ようと、人々はお金を稼ぎ、自己啓発に勤しみ、キャリアアップしようと計画し、人間関係に気を遣い、日々努力をする。

その過程で少なからず、周りと比較して劣等感を抱き、神経を使い、ストレスを抱え、無理をして、不安や恐怖に怯えながら、上を目指そうとみんながんばっている。

商品を与える側も、究極を言えばどんな仕事もサービスも “お客様が幸せになるために” “幸せな気分になれるように” に紐づいている。

料理を提供することも例に漏れずお客様に喜んでもらいたいからに他ならない。

一方で、メディアが故意に作り出した幸せの形があることも否めない。

仕事で成功してお金持ちになること、結婚して子供を産んで幸せな家庭を築くこと、有名になって人気になって名を知らせること、豪邸に住んで、高級車に乗って、と万人にわかりやすい指標が幸せのテンプレートになっている。

お金持ちでも不幸な人はいるし、結婚してもうまくいかない人もいるし、有名になっても誹謗中傷で悩むこともあることをわかっているにもかかわらず。

ウェルビーングみたいな言葉や、幸福になるために習慣(日々に感謝するやポジティブであることなど)なども説得力があるようで、万人に共通するとは限らない。

本当の幸せとは何かを考えるとき、人によってそれぞれ違う、が答えだと思う。

幸せという概念は定量化できないし、とても多面的で、満たされてそれ以上はいらないなんてこともあり得る。

自分が大事にしたい価値観の優先順位でもあるし、自分の好きを突き詰めた結果でもあって、周りと比べれば劣っていても、自分の特性をきちんと理解してそれに納得していてれば幸せはすぐにでも手に入る。

そのためにも当たり前を疑い、メディアに流されすぎず、情報を鵜呑みにせず自分の目で確かめることの心がけが幸せに近づくための一歩ではないだろうか。

幸せになるためには少々理性が必要なようだ。

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