生き方としてのカッコよさ

人生における成功とはお金持ちになること、みたいな風潮がどうもむずがゆく思えてしまう。
テレビやSNSなど、あらゆるところでお金持ちになることが正解とされている気がする。
もちろんお金はたくさんある方が、できることが増えるので、自由と幸福をある程度もたらしてくれる。
またお金持ちになる努力をした人は本当に尊敬している。
でも、いくら稼いだとか、高級車や豪邸を自慢するのはなんとなく変な感じがする。
がんばったことを誇示したい気持ちはわからなくもないが。
お金稼ぎが目的になってしまうと、極論なんだってできる。
法を犯さない範囲であったとしても、たとえば短期トレードやせどりは社会に何か価値をもたらしているのだろうか。
誰かを幸せにしているのだろうか。
大半のルールは資本主義社会の枠内で回っているので否定はしないけど、違和感は覚える。
資本家だけがより富豪になって偏りが生まれている現実のシステムには、いろんな経済学者が警鐘を鳴らしている。
何よりも疑問に思うのは、お金を稼ぐことが社会の役に立っているかどうかの一点だ。
もしくは未来をよくするための行動かどうか。

時代は確実に、社会貢献の方向に意識は向いている。
SDGsをはじめ、地球環境にやさしい活動、寄付文化、インターネットで広がった透明性であらゆる行動はより可視化されていく。
ベーシックインカムなんかが普及すれば、最低限の生活は保証されるのでお金を何に使っているかが問われてくるようになると思う。
そうなるとお金稼ぎがダサい、という価値観にもなりかねない。
社会や環境、未来の子供たちの役に立つためにお金を使ってると言える方がカッコいい。
なにをしているか、と聞かれて堂々と胸を張って答えられるような生き方がいい。

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