次第にわかっていくこと

世の中は知らないことばかり。
どれだけ歳を重ねてもすべてのことを知ることはできない。
わかるタイミングも人それぞれ。
こんなこともっと早く知っておけばよかった、とか、なぜ気づかなかったんだろう、なんてことがしょっちゅうあったりする。
わかると思ってしまったら思考停止になってしまうので、わからないままにしておくのもいいけど、わからないままにしておくことも必要だとわかったことは少し進歩している。
なんだかんだと言って生きていく上で大切なのは知識だと思う。
知ってるだけで使えなかったら意味がないという意見もあるけれど、知ってること、わかっていることが今の理解に結びついている。
鎌倉幕府ができた年号も、吾輩は猫であるを書いた人も、覚えて意味がないと思えることでも、小さな知識の積み重ねが土台にあることでわかることがある。
無意味な知識の組み合わせが突然ひらめきを生んでくれることも。
今だからわかることも、もっと先でしかわからないことも、知識の布石はタイミングよく現れて、おいおい役に立ってくれる。
人生に無駄なことはない、というのもこれで説明できる。

知識が増えればいろんなことがわかるようになってくる。
なぜ今疲れているのか、なにに悩んでいてどう対処していいのか、どうして悲しいのか、どうして嬉しいのか。
ストレスを発散するために何かに依存するのではなく、何がストレスかをよく理解して本質を改善できればそもそもストレスさえなくなる。
全部のことを知識が解決してくれそうだけど、人間は常に理性的でいれるとは限らないので、時に感情や衝動が優先して発動してしまう。
だからどれだけ自分は大丈夫だと思っていても、誰しもにいつ何が起きるかわかない危うさがあるのが人間という生きもの。
話が逸れてしまったけれど、物事への理解は急にわかるものではなく、一見無駄だと思える知識の集積があってこそ次第にわかっていくことだと思う。

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