嘘がほとんど

世の中の出来事というのは、そこに人間の解釈が入っていれば全部の情報が嘘だと言えておかしくはありません。
国の文化も違えば、育った環境も違えば、価値観や考え方は人それぞれに違うわけです。
テレビなんてまさに演出ですし、ドラマや映画も作られた物語ですし、飲食店も見えないところで何が行われているかは実際わかりません。
立派な会社でも内部告発されて嘘が暴かれるように、本当のことっていったい何なのか疑いたくなります。
全人類が嘘つきです。
ただ嘘をつくという言葉には故意が含まれています。
相手を騙してやろうという意思が含まれています。
厄介なのは嘘をついているつもりのない嘘だと思います。
ここまでいくともう認知の領域で、人は少なからず思い込みに支配されているので、自分にとっての本当が相手にとっての嘘となり得ることがいくつも混じり合っている気がします。
数々の問題や喧嘩や事件は互いの正義と正義がぶつかり合って起こっているわけで、戦争だってそのひとつに過ぎません。
ひとつの出来事に対してどの地点に立って解釈するか。
人それぞれの人生の背景でバイアスのかかり方も変わってきます。
出来事の中心から近いほど盲目になりがちなので、いかに遠いところから俯瞰して見れるかが重要だと思いました。
基本的に人のフィルターがかかっている情報は全部嘘なので、嘘をよく知り上手に使いこなせるにこしたことはありません。

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