悠久のあいだ

海を見て何も感じない人はいるのでしょうか。
ゆらめく炎をずっと見ていられるように、海も同じような気持ちにさせてくれます。
何も考えずに、ただ時間が過ぎていく。
自然が与えてくれる感動は簡単に言葉にしてはいけないほどの奥行きを感じさせます。
都市部に流れる時間はどこかせわしなくて、ちょっとした隙間にもやることがぎゅうぎゅうに詰めこまれていて、そんな習慣を当たり前に繰り返す毎日。
そんな生活からふと離れてみると、新しい気づきに出会うことができました。
過去の自分との対峙、弱さの根源、母親の本当の気持ち。
仏教では「無我」といって自分自身は存在しないものと言われています。
そこにあるのは「縁起」で関係性の中に自分を見出します。
人とのあいだ、自然とのあいだ、世界とのあいだ。
ちなみに近年の物理や量子力学の分野でも世界は関係でできていることが証明されています。
自然の悠久さは日常にある様々な関係性の整理をして、大切なことを再確認させてくれているような気がしました。

関連記事

  1. 相容れない賛否両論

  2. ブランドという意識

  3. 里山料理会の振り返り

  4. 再現できないもの

  5. 人と技術と時間の価値

  6. なんでもあり