違いを知ること

言語は言葉の意味をパッケージしたものです。
境界線を引くというか、分別するというか。
それぞれの国で言語が違うように、長い時間をかけて形成されてきた歴史や文化が異なれば、言葉の意味もそれぞれに違ってきます。
言葉の発明によって人と人の意思疎通ができて人類がここまで進化してきたのは紛れもない事実ですが、理解し合えず分断が起きてしまうのも厄介な側面です。

よく国という単位で言語の違いが語られますが、実際は同じ国でも育った環境や受けた教育が違えば、すぐ隣にいる人との間でも言語が違うという認識は持っておいた方がいいと思います。
「モノ」に与えられた固有名詞なら伝わりますが、「愛」などの抽象的な概念だと人によって違うので、伝えたい時にはしっかりとコミュニケーションをとってお互いが納得することが大事になってきます。
自分の頭の中にある考えをパッケージングして相手に伝えるのもまた語彙力が必要なので、言葉をたくさん知ってないといけません。
日本語は特に表現方法が豊富にあるので、感情の機微を明確に伝えやすい反面、受け取る側がその言葉の意味を理解できていないと気持ちは乖離するばかりです。

抽象的な概念ほど言葉の意味の前提をよく話し合う必要がありそうです。
分類すると各個人が何を大事にしていて、何を優先しているかが見えてきます。
本の内容である「愛」だと、「言葉」、「時間」、「プレゼント」、「サービス」、「身体性」に分けているのが見事で、相手が何をされて嬉しいかを知ることで相手にとっての愛を伝えることができるわけです。
たとえば「働く」だと、「お金」、「使命感」、「好きなこと」、「生活のため」、「誰かを守るため」など、人それぞれで働く意義や目的が違うので、同じ優先度の人と働けることが理想だと言えそうです。

何においても相手への想像力と配慮、愛は与えること。
人と人が関わり合って生きていく以上、最低限の教養かもしれません。
現実は自分のことを優先、煩悩との戦い、まだまだ勉強不足です。
でもそれも人間っぽくていい。

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