My life at my pace

時間は存在しない、と言われてもピンとくる人はきっと少ないと思います。
存在しないというか”一律ではない”といったニュアンスでしょうか。
日々の生活において時間は当たり前のように存在しているので、その枠組みから抜け出すのは相当むずかしいことです。
でも実際に、子供の時の時間の流れ方と、大人になった今の時間の流れ方は、多くの人が違ったものであることを認識していると思います。
みんな口を揃えて一年が過ぎる早さを語りますし、子育ての”あっという間”さについても語り合います。
それに好きな人といる楽しい時間は過ぎるのが早いですが、退屈であれば時間は遅く感じます。
最近、高齢の方にお話を聞いて驚いたのが、特に何をするでもなくのんびりゆったりと暮らしている風に思えますが、若い頃よりも時間の流れは早く感じるということでした。
すでに見たことのある景色や体験したことのあることの繰り返しが、時間の流れを早くさせるという意見もあって、なるほど子供の時はすべての世界がはじめての体験で新鮮に映るので刺激が多く発見もあって時間をゆっくりと味わってるのかもしれません。
そう考えると、日常生活に追われる毎日よりも、常に新しい発見のある人生の方が一律に思える時間さえも自分にとっては良質で濃い内容にできるのではないでしょうか。

現実は、世界中でたくさんの人が一律な時間軸の上で、何かを競い合っています。
成長や利益や権力や軍事力や経済力など。
たしかに上へあがれば上がるほど人々から称賛されますし、本能的な人間の欲求として満たされる感覚になります。
でも一律な時間がないのだとしたら、なんでも早くできる人が一様にすごいわけではないし、その世界水準の競争に負けたからといって駄目な人間という烙印を押すのは短絡的な考え方であるような気がします。
そもそも人それぞれで足の長さが違うように、歩幅は一律ではありません。
周りに合わせ無理をして早く行こうとするのではなく、まずは自分の足もとを見て自分のペースで進むことが大切だと思います。
自分の時間軸で、自分の歩幅で、自分が満足できる人生ならそれだけでじゅうぶんです。

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