いいものを作るには時間が必要

前からずっと思っているのは、反対語って実は反対ではなく互いに混ざり合っているのではないかということ。
例えば「上がる」と「下がる」だと、どの歴史を見ても一度栄華を極めれば同時にそれは衰退の兆候で、ずっと続いてる栄光なんて存在しない。
反対に、苦労や挫折を味わうことが次の成長につながるモチベーションになったりする。
「上がる」の中に「下がる」は含まれているし、反対も同じように言える。
「愛情」と「憎悪」もほんとに紙一重だし、「善い」と「悪い」も誰の主観を正義とするかで立場は変わるので本当の正しさなんて存在しない。
ぼくはこれを勝手に「だからこそ理論」と呼んでいる。
「難しさ」の中にこそ「簡単」が含まれていて、「遠回り」だからこそ「近道」が見つかる。
一般的によくないと思われる方に真実が含まれているのではないかと。

何事においても「行動する」ことは負荷がかかるし、リスクだし、エネルギーがいる。
「行動しない」方が楽だし安全なのに、なぜ行動するのか。
「失敗」するということは、結果が出なかったということ。
でもその分の学びの報酬は行動の先にしかないことで、次の行動の精度は確実に高まる。
それを繰り返すことで「成功」に近づいていく。
まさに多くの成功者が歩んでいる道で、「失敗」するからこそ「成功」するという「だからこそ理論」が当てはまる。

花は咲けば美しく多くの人を魅了するけど、その寿命は短く枯れてしまえば終わりを迎える。
大きな木は華やかさこそないものの、時間をかけて根を張りそう簡単には倒れない。
いっけん遠回りに見えることが実は最短で行ける近道で、その一歩一歩は地味で結果も見えず周りからあまり評価もされないもの。
でも、だからこそ遠くに行けるし確実に進んでいる。
早さが重視される現代において時間をかけることは逆行しているようだけど、遅さにこそ大切なことがあるような気がしてならない。

*何か考えてほしいテーマがあれば気軽にお声がけください。
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