倫理と美意識

倫理と言われてもむずかしい。

社会規範のようであり人としての行いの暗黙のルールのようなもの。

状況に応じた正しい振る舞いは、ひとえに正義や同調ともまた違う。

なにかこう人間という生きものへの深い理解と配慮が必要なんだと思う。

完璧な人間なんていなくて誰だって間違うことはあるという前提で向き合っていく。

弱さや愚かさも含めて敬意を払えるのが理想なんだろう。

でもそんなむずかしさがこれからの時代に求められている気がする。

個人がより自由になってきているのが時代の流れとしてあるのは間違いない。

多様性が受け入れられ、社会も次第に寛容になって、選択肢も増えてきた。

そこに新しい技術が味方する。

スマホというデバイスで個人が誰でも活躍できる可能性を広げてくれた。

スマホと同じくらいインパクトのある技術がAIの台頭だと言われている。

自由が理想なのかというと個人的にはそう思えない。

人は本当の意味で自由になんてなれない。

何でもありになってしまうとおそらく社会が成り立たない。

最低限のマナーを共有していないとディストピアな世界になってしまう。

それでも人は自由を得ようとして自由に向かっていくことが予想される。

だからこそ倫理というOSをインストールしておくことが大事になってくる。

同じように美意識も正解のない時代において重要になってくるだろう。

自分にとってこれがいいと言い切れる信念のようなもの。

それはアートを観賞する時に完全に理解できるものではないように、大衆に迎合することを意図しない作品が誰かの心を動かすことだってある。

今はみんながいいと思ってることがいいとされているけど、これからは個人の美意識がより細分化されていく。

何を見て何を経験して何を感じるのか。

そんなトライアンドエラーの繰り返しが美意識を育てる。

選択肢の多すぎる不確実な時代に、自由でありながら制限された自由の中で生き抜くには倫理と美意識が大切になってくる。

自戒を込めてもっと勉強と行動をしないといけない。

*何か考えてほしいテーマがあれば気軽にお声がけください。
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