境界のないところ

県境も国境も線なんかないのに分けられている。

同じホモサピエンスでも人種によって宗教によって分けられている。

分類することで認識がしやすくなり管理しやすくなるのでとても便利なこと。

仕事の分業だってそう。

そうすることで社会は発展してきたし、みんな等しくその恩恵を受けている。

でも反対に分けることで分断が生まれ、争いが生まれる。

線を引くことで違いが生まれ、比較が生まれる。

物事のいいことと悪いことが表裏一体なのは普遍的な真理だと思う。

都市と地方という分け方がされるけど、いつもその間がいいと考える。

都市は、人との関係性が濃すぎないところに居心地のよさを感じるけれど、人や音や情報の多いところがどうも好きになれない。

地方は、静かで自然が豊かなところに憧れるけど、出来上がったコミュニティに入っていく勇気がないし、いろんな行事に参加するのも面倒くさい。

ちょうどいいところはどこなんだろう。

こればっかりはどれだけ頭で考えてもわからなくて実際に体験してみた方が早い。

線を引き、枠で囲い、共同体になること。

小さな単位で言うと家族ということになるのかもしれない。

必然的にその中でルールが生まれリーダーが生まれ、うまく回るような仕組みが生まれていく。

馴染めれば幸せだけど、そうでなかったら排他的になってしまう。

その境界がとてもむずかしいけど、インターネットはそれをゆるく溶かしているような印象を持っている。

世界や過去とが常時接続な側面もあるけれど、それぞれが心地いい空間で過ごせるようになるのは希望だと思っている。

とはいえ、人間である以上リアルな関わりから受け取っている情報はとても大切なことなので、現実と仮想の境界もきっと溶け合っていくのだろう。

起きている時間と寝ている時間、仕事の人と友達との対応の使い分け、境界があるようで境界なく成り立っている世界は一個人の中にもすでに存在している。

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