美味しいがわからない

美味しさについて考えれば考えるほど、舌で感じる味以外の構成要素の方が重要なのではと思えてくる。

何度も言ってるように、誰に作ってもらうかとか、誰と食べるであるとか、環境とか、その日の気分とか。

料理そのものの美味しさは大前提なのだけど、それを構成する他の要素について一般の人にはそこまで浸透してないように思う。

食べることが好きな人は多いし、食べることが幸せと感じてる人も多いにもかかわらず、あえてそう言ってみる。

当たり前に美味しさとは相対的なもの。

万人が美味しいと感じる料理は定番料理として存在するけれど、それは絶対的なものではない。

でもみんなが美味しい料理、美味しいお店と語るときはだいたいにおいて味のことを指している。

自分自身もお客様から情報収集するとき、美味しいお店知ってますか、と聞いてしまう。

そこには共通認識としてのわかりやすさがあるから自然とその言葉を使ってしまう。

味以外の要素について語り合うほどみんな暇ではないし、そこまで食に深い関心を寄せてる人も少ないように思う。

便利でわかりやすい言葉。

それは表層的で一人歩きする危うさを孕んでいる。

コンビニ食品はきっと味の面においてすごい研究がされてると思う。

実際に食べても美味しいし、クセになることもある。

でもすぐに飽きる。

そして常に新しい商品が開発されて、売れない商品と入れ替わっていく。

そんな美味しさはやっぱり表層的な美味しさのように思えてならない。

本当の美味しさとはもちろん味以外の要素が複雑に絡み合っているし、味単体でも自然や生命と深く関わっているもの。

長く料理を生業としてきた今、自分のお店がどうこうよりも、美味しさや食の周りを取り囲む構成要素についてもっと深く考えていきたいところ。

お店でいろいろ試していることもきっとそんな思考に起因している。

美味しいは何かわからないからこそおもしろいのだと思う。

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