早さと引き換えに

どうも人にはそれぞれのテンポがあるような気がしてならない。

間やリズムといったことにも似ている。

話す速度や、頭の回転や、身体の動かし方、人生の歩みに至るまで。

先進と発展途上、欧米と日本、都会と地方、で対比されるように、社会全体の基準で見ても早ければ早いほどよしとされている。

「進んでいる」という概念があまり好きじゃない。

成長や進歩が絶対的な正解だとは限らないと思っている。

人間の億劫さを解消するアイデアがビジネスになったりする。

早く移動することや、早く家事を済ませることや、早くコンテンツを消費することなどなど。

いろんな便利アイテムは時間を節約して快適な環境を与えてくれる。

一方で早さと引き換えに失われているものは確実にあると思う。

料理もそのうちのひとつだろう。

同じ火を通すでも早いのとゆっくりでは味は変わってくる。

電子レンジや圧力鍋では表現できない美味しさがある。

時間をかけていいことはなんだろう。

少し抽象的ではあるけれど、そこには豊かさや愛情、人との関係性や不合理さといった目に見えなくてわかりやすい指標で表せないものが確実に存在している。

生産性を高めたり、早く進歩することはそれらを忘れようとしている行為と同義だと言えるのかもしれない。

みんながみんな同じようなテンポでは生きられない。

現代社会についていけない人は、見に見えない大切なものをしまっている人たち。

その大切さが評価されるような社会はきっと来ると思う。

無理をせず自分のテンポで歩んでいたらきっと。

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