手ざわり感

今年に入ってから毎日絵を描くようにしている。

こうして文章もタイピングで書くようになった時代に、手にペンを持ち紙の上で滑らすという行為から遠ざかっていたことを思い出した。

大人になると文字を書いたり絵を描いたりすることが必然的に減っていく。

デジタル化が進んでいるのでなおさらだ。

手を動かして何かを作っていく作業、タイピングも手を動かしてはいるけど、決められたルールのもと入力されていくだけで、そこには自由がない。

紙にペンで書く作業は、力の加減に、あらゆる方向にと、どこに線を引くか自分の意思で決めることができる。

何かしら変化のある物質と自分の身体が接地しているという点において、デジタルでは代替できないアナログ性を感じることができる。

ペンがはしる音、紙の匂い、光量や温度。

それが自然と関わることの重要性で、自らの“体験”と結びつくことなのかもしれない。

手を使って何かを作る作業は、書く作業だけにはおさまらない。

あらゆる芸術の領域も、スポーツの類いも、人間にとって身体を動かすことはとても大切なことだと思える。

タブレットなどの画面と接することが多くなった今、意図的にそれらと距離を取らないと感性が鈍っていくような気がする。

アナログな体験を通じて得られる学びは深くて大きい。

それは時間がかかることとも同義だと思う。

洗い物ひとつとっても個人的には洗浄機よりも、丁寧に手で洗う方が気持ちよかったりする。

物事はじっくり味わってこそ心や記憶に残るように、要約やまとめで得られるファスト的な情報はやっぱりすぐに忘れていく。

料理をしていても、読書をしていても、時間こそかかれど自然と触れるアナログな手ざわり感の方が味わい深く心地いいものなんだと、絵を描くようになったことであらためて気づかされた。

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