お客様がいること

飲食店の存在意義も時代によって変わっているように思う。

昔は今ほどお店が多くなかったにせよチェーン店より個人商店の方が多かったはずで、きっと地域密着型でお客様のほとんどが顔見知りだっただろう。

営業時間も長いのが当たり前で、予約なんかしなくても、いつ行ってもお店が開いているのがふつうだった。

そしてどこかお客様は神様、的な上下関係も存在していて、お店側は常にへりくだっていて受け身の姿勢だったし、自分が料理を始めた時もそんな世界なんだろうと認識していた。

20代前半で一番長く勤めたお店のマスターがお客様に対して人当たりがよく、嫌味なくとてもフラットに接客していたのが印象的だった。

愛されキャラ、人望がある、人徳者、そういった言葉がよく似合う人だった。

マスターがいるからお店に食べに行く、という動機が商売を成功させるのだと当時若いなりに思ったものだ。

同時に料理だけが美味しくても商売が成り立たないのだとも思った。

 

自分でお店を持ってみて振り返ってみると、若い時に学んだことを信条として、在り方の意義としてお店をしていたことに気づく。

何を大事にしているか。

飲食店といえども動機や信条は様々で人によって千差万別だろう。

その中でも自分なりにお客様との距離には気を遣ったし、大切にしてきたと自負している。

顔を覚えること、名前を覚えること、好みを知ること、時には個人的な話をすること聞くこと。

お店を手放してもなお、昔の常識とは違う営業スタイルだけど料理を続けようと思えることは、お客様が依頼してくれるからに他ならない。

飲食店も時を経てどこかお客様との関係性はいい意味で上下関係でなく対等になってきている。

営業スタイルも受け身の姿勢ではなく、今はみんなしっかり休むようになった。

そんな時代の変化が追い風となって今の営業スタイルを理解してくれているのもあるだろう。

形が変わろうとも自分にお客様がいる限りはお店は生き続けることが可能であることを実感している。

だからお客様が離れてしまうことが本当の意味での閉店を意味している。

今でも注文してくれるお客様に感謝したい。

そんな後ろ姿を見せてくれたマスターにもあらためて感謝したい。

関連記事

  1. 情報弱者が圧倒的に不利なこの世の中

  2. 気持ちの段取り

  3. つまみ食いからの回想

  4. 声の温度

  5. 表現の行く末

  6. 思い込みの仕方なさ