美味しさに絶対はない。
人それぞれ育った環境も違うし、文化も違うから
地球人が全員美味しいと思う味はないと思っている。
そして美味しいという表現はどこか感覚的で、
どこがどう美味しいのか説明できる人は少ないように思う。
人類の歴史は、他の生物のようにただ生き残るために、
食べ物を口にするだけではなく、美味しさも追求して
加熱調理をしてみたり、保存できるようにしてみたり
工夫を重ねてきた結果、今の食文化が成立している。
なんと贅沢で美味しいものが食べれる時代なことでしょう。
これから先を想像してみる。
世界人口は急ピッチで増え続け、食べるものがなくなると
懸念されていて先進的な人たちはその問題を解決するべく
培養肉や昆虫食、3Dフードプリンターなどの開発に
励んでいて、実際にどれも食べれるくらい進んでいる。
コストの問題が解決すれば、一般的に普及するのも
時間の問題のように思う。
どれも試してみたいけど、心理的なハードルはとても高い。
そもそもそれらは美味しいものなのか。
肉じゃない肉に、虫に、ただ形になってるタンパク質とか。
まだまだうまく想像ができないほどに未知すぎる。
でも食べるものがなくなれば、必然的に食べざるをえない。
やがてそれらが食のスタンダードになり、
個人に最適化した美味しい料理が、好きなだけ
好きな時に複製できるようになるかもしれない。
いずれ美味しいの基準が変化していったとしても、
今この世界にある美味しいが、後にも先にも超えられない
崇高な美味しいであるような気がした。