価値観のとおり道

ぼくらが料理を始めた頃、厨房の中の世界はまだ暴言や暴力がまかり通っていた時代だった。
ジャンルで言えば日本料理が特にひどかったように思う。
鍋やフライパンが飛んできたり、殴られたり蹴られたり、噂ではよく耳にするけど、同じ世代の人に話を聞くと声を揃えてそんな時代だったと振り返る。
もちろんお店や人によって違うので偏見はよくないけど、そのようなお店が多かったのは事実だと思う。
お客様に対して誠心誠意のおもてなしをするためには、それくらいの厳しさを乗り越えないといけないという精神論なんだろう、きっと。
昔はそんな価値観が当たり前の世界だった。

当然、現代でそんなことは通用しない。
飲食に限らずいろんな場面でコンプライアンスの問題は話題にされ、社会的ルールやモラルの線引きが厳しくなってきている。
インターネットやSNSが社会を透明化させていることは間違いないだろう。
ちょっとしたことがたくさんの人に拡散されて炎上する。
厨房の裏側で澱んでいた空気も徐々にクリアになっていく。
ネットで世界がつながったとはいえ、やっぱり都会には情報とエネルギーが集まっている。
地方だと少しそこが遅れているような気がした。

ある地方のお店で食事をしていたところ、オーナーシェフらしき人がアルバイトを始めたばかりであろうスタッフを指導しているのがこちらまで聞こえてきた。
初心者に対してそれは言い過ぎだろうというくらいの言葉使いで、あまり居心地のいいものではなかった。
同業者として事情がわかるので気持ちはわからなくもないが、他を知らないスタッフの子がそれを当たり前の世界だと認識してしまうのは少し可哀想に思えた。
古い体質が残っている。
個人の意見だけど、価値観の体質のようなものは都会から地方へと順を追って伝播していくのだと思った。

関連記事

  1. ソーシャルグッドなこと

  2. 表現の課題

  3. 工夫がすべて

  4. 制約があるからこそ

  5. 考えて変わっていくこと

  6. 対話の温度