センスがいいとは

持ち家か賃貸かと同じくらい、量か質かの議論がよくされています。
どちらも大事だし、人それぞれだし、あまり建設的だとは思えません。
でもやっぱりはじめは量なのではないでしょうか。
経験も。感情も。言葉も。
たくさんの新しい出来事に触れてみないと、その良し悪しがわかりません。
そのひとつひとつを丁寧に検証していく。
どう思ったか、どう感じたか、その中から自分に合ったものを探していく、見つけていく。
そんな作業の繰り返し。
自分がいいと思った写真がどんな構図でどんな光の具合で撮られているか。
自分が美味しいと思った料理は何がそうさせているのか。
自分が素敵だと思った言葉はなぜ心の琴線に触れたのか。

歳を重ねるほどに経験値は増えていくので、世界の見え方の解像度は上がり、より感受性は高まっていきます。
過去を振り返ると思うようにいかなかったことは、ほとんどが無知や経験不足に集約されているような気がします。
自分の気持ちを相手に伝えるにも言葉を知らないとうまく届きません。
言葉をレゴブロックとするならば、四角いブロックだけで曲線を表現するのは難しいように、いろんな言葉いろんなパーツがあってこそ表現の幅は広がっていきます。
22歳の時に子供が生まれたのですが、あの時にもっと言葉を知っていて、もっと表現が豊かであったならば、もっと深い感動が得れてたのではと思ったりします。

量をこなしてこそ質に転化していく。
質とはセンスにも近いような気がします。
失敗をすでに知っているからこそ、その場面に合った最適解を選ぶことができる。
たくさんの知識があるからこそ選択肢の幅が広がる。
普段から考えていることや感じていることも影響するでしょう。
センスはどこか感覚的な意味合いで語られますが、意外と地道な論理の詰み重ねなのではないでそうか。
センスのいい人生でありたいものです。

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