祖母と数珠

幼い頃に祖父を亡くしていて、何か行事がある時には決まって祖母を中心に親戚がたくさん集まるのが慣習になっていた。
主に祖父の供養がメインイベントで、子供ながらにいなくなってもその献身をずっと続けていることに感心していた。
今から思うと、それはきっかけとしてあるだけで、親戚が集まるひとつの口実になっていることも確かにあるなと気づけるようになった。

根っからのおばあちゃん子として育ったぼくは、良くも悪くも孫というより子供として接してくれていたように思う。
実家にいた時、当たり前にある風景は祖母を中心とした小さな社会の一部に暮らしていて、祖母は絶対的な権力を持っていた。
戦争という激動の時代を生き抜いてきたバイタリティを、そのまま日常にもトレースしているような印象だ。
怖くて、うるさくて、厳しくて、ビクビクしながら過ごしていた幼少期は、これまた良くも悪くも今の自分の人格形成に大きく影響を与えている。
でもそこには愛情がたしかにあった。
怒るや叱るの裏側にある愛情を、受け取る側は感覚的に察知する。
自分の感情を発散させるだけのか、苦言を呈して相手のためを思うのか。
もしくは後になってからこそ過去の行為の意味に気づけるのかもしれない。

厳しくも甘やかされた青春時代から大人になっても、恥ずかしい話し経済面でとてもお世話になった。
家族を持てたことも、お店を持てたことも、祖母の支えがなかったら今のぼくはここにいないだろう。
でも多大なる恩恵を受け取っておきながら、何ひとつ恩返しができたとは到底思えない。
社会に出てからは忙しいという言い訳をしながら顔を見せることも年に数回。
そんな身勝手さを振る舞う子供の態度も、親の立場になったからこそよくわかるようになった。
親と子が別々に暮らすようになれば、死ぬまでに会える回数なんてほんの数回だと思う。
いつ終わるかわからない時間は、後悔を纏って往々にして後から気づくものだ。

祖母は去年の夏に亡くなった。
晩年は認知症がひどくなっていき、同じ言葉を何度も繰り返し、ぼくの名前も忘れるようになった。
人間が生きている意味をとても考えさせられた。
個人の意識を超えて、細胞のひとつひとつが生きようとしている健気さに生命の躍動を感じた。
祖母は生きているのも大変そうだったので、亡くなった時は安堵感があり不思議と涙も出なかった。
受け取りっぱなしになってしまったものは、宙ぶらりんのまま。
それ以降はただぼんやりと空虚なまま過ごしていたけれど、最近になって気づいたことがあった。

幼い頃から宗教とは無縁な生活を送っていて、心の支え的なものが何ひとつなかったぼくは、願いや信じる対象としての”なにか”を持っていなかった。
それは人によって”もの”や”行為”など、様々あると思う。
思い出や形見を持っていたり、神社やお寺に参拝する習慣もこれまであまりしてこなかった。
この歳になって自分には何もないし何かあればいいなと考えていたところ、ふと昔の記憶が蘇る。
祖父の供養にお寺に行く際に祖母から持たされていた数珠をあることを思い出したのだ。
数珠にどんな効果があるのかよくわかっていないけれど、祖母の意図していない形見でもあり願いや信じる対象としての”もの”にピッタリだと思った。
それに気づいたのがつい最近のこと、作為性のない贈りものを自らの思考で受け取った感覚になった。

知恵や願いが連綿と続いている人類の歴史。
先人から受け取ったものが確かにあって、それを次の世代に渡していく。
意図しないものが意味として立ち現れる不思議さ。
その行為はいつ気づくかもわからないし、一生気づかないかもしれない。
でも存在しているだけで意味があるとも言える。
そしてそれはどこかで必ず誰かに何かしらの影響を与えている。
祖母と数珠の関係性から、とても利他の本質を感じた。
今年ずっと考えていた大きなテーマであった「利他」が、一年の締めくくりとしてここに集約された気がした。
数珠の存在に気づいてから以降、肌身離さず持つようにしている。

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